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空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

「言葉」は楽譜のようなものだと思う

日記 雑談

この頃、よく昔の夢を見る。

数年前、わたしがまだ大学生だった頃の話なのだけど。

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(illustration by くちばし欠けた)

その夢には必ずと言っていいほど、当時所属していた部活の先輩たちの姿がある。視界の先に好きなことに打ち込む輝かしい彼らの姿を見つけるけど、話しかけることが出来ず。見つからないように物陰に隠れて、ホッ一息ついて、自己嫌悪する。大体そんな夢だ。

この夢を見るたびに、あの時、どんな言葉で人を傷付けたのか、無責任なことに私自身はあまり思い出せないのだけど「あぁ、あの頃の関係性を自ら踏みにじったことを後悔してるんだなぁ」って、そう思うのだ。

というわけで、ちょっと話がずれるかもしれないけれど、映画「心が叫びたがってるんだ。」を2回ほど見て思ったことを、自分自身の経験を交えながら書き残しておこうと思う。出来るならば心の奥底に沈めておきたい部分なので、例によってまとまりはないかもですがご了承ください。

 思っていないことを言ってしまったという後悔

ようするに天邪鬼な事を言ってしまったのだ。

詳細はガッツリ省くけれど、決して怒りの火山が大噴火していたわけではなく。ツンデレを発揮したわけでもなく。それまで培ってきた関係性を一方的に突然バッサリと切られて、ショックで悲しくつらくて心が痛くて、今すぐにその痛みから逃げたくて。全てなかったことにしたくて、自分の心を痛みから守るために相手を傷つけたのだ。

失うことがわかっているなら、捨てられる前に捨ててやる。
失う痛みを知るくらいなら、初めから何も欲しくない。
頭の中で弱虫で臆病なわたしがそう囁いたのだ。

こ、言葉は、傷つけるんだからっ!…絶対に…もう取り戻せないんだからっ!後悔したって、もう絶対に、取り戻せないんだからっ…!!
(心が叫びたがってるんだより)

そうしたことを、私は、今でも後悔している。

どうしてその決断を尊重して、応援してあげられなかったのだろうかと。もしくはそんなの気にしないよと、引き止められなかったのかと。きっとそういう言葉が欲しかったであろう相手にトドメの一撃。

相手のことをきちんと見つめることが出来ていたら、相手のことを考えることが出来ていたら。かつて私が所属していた部活との人間関係が崩壊することはなかっただろうし、今でも時々開かれているだろう懇親会にも参加できただろうし。疑心暗鬼になって誰にも会えなくなるようなことにならなかったんじゃないかと。あの時斬りつけた言葉を思う、思うのだ。

言葉はもう取り消せない、けれどその人の中で色褪せて消えてくれていることを願う。それで一歩ずつ、自分の目指すところへ歩いていけるならそのほうがずっと良い。私のことは、忘れてくれたってかまわない。

 

会いたい人には、会いに行こう

人間関係は変化していくものだと思う。

友人だったり恋人だったり夫婦だったり。そういう変化もあるだろうし、所属する世界によって新たに構築する関係や、転職・卒業・転校・引越し、そういう別れによって失われる関係もある。もちろん変わるモノもあるし、変わらないモノもあるけれど。

一度口から出た言葉は取り戻せないし、もうあの頃の関係には戻れない。私たちは、もうそれぞれの道を進んでいて、多分その道は交わらない。けれど、ほんの少し勇気を出せば、会いに行くことは出来るのだ。

チリチリする罪悪感を胸に、被害妄想的な視線の矢を潜り抜ければ。何事もなかったかのように振舞えるかもしれない。とはいえ、どういう顔をしてその人の前に立って、どんな言葉をかけたらいいのかもうわからないけれど。そういう選択肢がある中で、会わないことを選んだのは私なのだ。

「そんなこと思ってなかったよ、あの時はごめんね」

そう伝えたいだけなのだけど、もう伝える方法はなくて。というか会うことが怖くて、その選択肢から逃げている私がいて。これでいいのだともう全ては終わったことなのだと言い聞かせる私がいて、これは私の勝手な自己満足な気持ちなのだと思い知らされるのだ。

 

本日のまとめ

「言葉」は楽譜のようなものだと思う。

あるだけならただのモノで、誰かが発すれば音になり、語りだせば物語になる。特別な言葉なんてものはなくて、多分誰だって同じような言葉を紡ぐことができる。

けれど発する誰かがいて、それを受け取る誰かがいて、そこに気持ちを乗せることで。ただのモノだったはずの言葉が、誰かにとっての唯一無二になるんじゃないか。そこに意味が生まれ、キラキラ瞬いて、流れ星のようになるんじゃないか。

その楽譜をどんな曲にするのかは一人ひとりに委ねられていてさ。きっとこれから何枚も、何枚だって紡ぎ続けて、自分にとっての最高を見つけ出すのだ。

もう二度と会えなくなってしまう、そんな日がいつ来るかわからないからこそ。もっと大切だと思う人を大切にしたいと思うし、自分の気持ちも大切にしよう。自分の伝えたいと思う気持ちを乗せる言葉も同様に、そう思った今日この頃。