空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

二人暮らしを始めて、毎日の食事を作るのが楽しくなった

「これがあるから頑張れる」というものが、あるだろうか。

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少しの間、目をつむって、自問自答。

 

いつもやっているスマホアプリ、毎日通勤途中に読んでいる二次創作。毎週見ているアニメ、お風呂で目をつむりゆったりとリラックスする時間。自分の部屋でぬくぬく布団にくるまって寝る時間。色々考えたけれど、やはり次の日のエネルギーになるのは「毎日の食事」だと思う。

 

ということで、久しぶりにはてなブログの今週のお題に沿って、私にとって「毎日の食事」がどう癒しになっているのかという話をしようと思う。

 「毎日の食事」の大切さ

 今年の4月に両親が会社を退職し、退職金と年金を元手に、第二の人生を歩むと宣言して颯爽と滋賀県に引っ越してしまってから、実家に姉妹で二人暮らしを始めた。4人暮らしの家はぐっと広くなって、スッと静かになった。

 

 実は妹と違って私はずっと実家暮らしで、今も昔も一人暮らしをしたことがない。だから家に帰ってきたら電気がついていて、おかえりと言ってくれる家族がいて。帰ったらすぐに暖かい食事があるというのは、いつの間にか当たり前のように思っていた。

 

今となっては母の有難みを痛感する毎日である。

 

料理をするのが好きになった

 けれど何も悪いことばかりではない。

 

 母がいた頃は、毎日の食事サポートをしてくれる母に甘え、あまり食事の支度を率先して手伝うような親孝行な人間ではなかったけれど。決して料理をするのが嫌いというわけではなかった。そもそも美味しいものを食べるのは好きだし。だから二人暮らしになったことを機に、自然と「毎日の食事」を作ろうと思えた。

 

 毎週土曜日に冷蔵庫の中身を物色して、来週一週間の献立を書き出す。足りない食材はスーパーに買い物に行き、値段と応相談しながら食材を選ぶ。旬の食材を買うこともあるし、タイムセールで普段買わない高級品が安く買えたりすると「よし!」と思う、じっくりとスーパーを探索すると今まで目に入らなかった食材が目につくようになり、スーパーを探索するのも楽しみの1つだ。

 

毎日の食事を作る上で私が大切にしているのは、栄養バランスを考えるのはもちろんだが、基本的には食べたいものを作ること。食べたいものを作り、食べたいものを食べる。そうしていくうちに料理が楽しくなったのだ。まぁ外食ばかりだと栄養が偏るし、なによりお金がかかるからね。

 

料理をするのは科学だと思う

ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 スーパーで買ってきた食材を炒めたり、煮たり、焼いたり、和えたり。基本となる調味料の組み合わせ、食材の切り方、下処理、一工夫。色々なものを組み合わせて毎日の食事を作っていく。まるで魔法のようだと思う。

 

ちょっといつもより味噌汁の味が濃くなっちゃったとか、しょうゆ少なくて薄味になっちゃったとか、まだまだムラがあるのだけれど。本気で上手に出来たなと思うような料理ができることがある。そういう時に「料理って面白い!」って思うし「美味しい」と言ってくれるとさらに嬉しくなる。

 

作って楽しい、食べて美味しい、感想が嬉しい。体のエネルギーになるだけではない、健康を保つためだけではない、化学変化が起こる。その相乗効果が素晴らしい。

 

本日のまとめ

 もちろん週5回、月曜~金曜まで毎日帰宅してから食事の準備をするのは、いくら楽しいし好きなことだとはいえ、大変さが勝るので(ある程度)作り置きが可能な副菜は土日の間に作っておく。そうすると会社帰りに作るのはメイン料理だけになるので、圧倒的に楽になる。楽できて美味しい、最高である。

 

 私にとって「毎日の食事」を作ること、「毎日の食事」を食べることは、毎日の疲れを癒すモノというよりは、疲れを「忘れさせてくれる」モノに近い。仕事以外の好きなことに集中することで、疲れを忘れることができる。そして出来上がった料理を美味しくいただくことで、体も元気になるし、心もなんだか元気になれる気がする。

 

やっぱりそれが一番。

次の日の活力につながっているんじゃないかと思うのだ。

 

 

今週のお題「私の癒やし」より