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空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

働き始めて1年経ったので、「働く」ことを振り返ってみる

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

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本日は、実は私の誕生日だったりします。27歳になりました。

あとめでたいことといえば、2月9日を持ちまして、今の仕事を始めてからちょうど1年が経過しました。新卒で入社した会社を4ヶ月で辞めて以来、派遣社員で働いても長続きせず。私の最長勤務記録はずっと「4ヶ月」のままだったのですが、ついに「1年」突破です。たかが1年、されど1年。去年ニートしていたことを考えると、なかなか感慨深いです。

ということで、本日はこの記事が記念すべき400記事目ということもあるので。三重の意味で本日は記念日みたいなもんですが。1年間働いてみて私自身がどう成長したか、働いてみてよかったと思えること等。改めて「働く」ということを振り返ってみようと思います。

 なぜ「1年」も仕事が続けられたのか?

実のところ、今の仕事を1年継続できるかどうかは半信半疑だった。もちろん、2015年の目標は「長期的に働く」ことだったし、生活していく上でどんな形であれ働いてお金を得ることが必要不可欠だと思っている。

でも今までの仕事がどれも長続きしなかったので、私は不安をぬぐい去ることが出来なかった。仕事は生活していくため、自分のやりたいことを実現するための「手段」と思っているけれども、熱しやすく冷めやすい性格の私が、好きでもない「手段」を続けられるかどうか。

けれどついに、今の仕事を始めてから「1年」が経過した。やれば出来るじゃないかと自分を褒めると同時に、なぜ「1年」も継続できたかを考えた。

初めは今の仕事がシステムエンジニアやプログラマー等の業種でないことと関係しているんじゃないかと思った。なぜなら新卒で入社して4ヶ月で辞めた会社がIT系の業務システム受託開発の会社だったからだ。

あの頃は中途半端に基礎があると、仕事についていけるのか常に不安で、この程度のことは知っていて当然と思われたりしないだろうか?期待に答えなければいけないのではないか?という不安と恐怖で雁字搦めになっていて。今すぐ仕事から逃げたいという気持ちが欝につながり。精神的な心臓の痛みを呼び、毎日会社に行く苦痛がハンパなかった。トラウマだ。

だからいっそのことなんの下地もない、初心者も同然な仕事で。今の時点ではこいつは何の仕事も出来ないけど、周りに教えてもらいながら出来ることを増やしていける。そういう意味で今の仕事が合ってたのかも、と思った。けれど、それはちょっと違う。

働く上で大切なのは、小さな一歩と学ぶ姿勢

初心者同然で会社に入っていくは今の会社も4ヶ月で辞めた会社も大差ないのだ。右も左もわからないまっさらな状態で入り、少しずつ仕事を覚えていく。新卒とはそういうものだ。なのに私は大学卒業した程度で、何を知った気になって、出来る気になっていたのか。大学で学んだことがそのまま実際の仕事で生かせるなんて殆どないのにだ。

それでも生かせることがあるとすれば、4年間+大学院生活2年間で研究したことそれ自体ではなくて、平凡な大学生、大学院生程度のプログラミング技術でもなくて。その研究の過程で学んだこと、知ったこと、体験したこと、経験したことなんじゃないか。

わからない時はわかる人に聞くこと、誰かに相談すること、助言を求めること、勉強して新しい知識を吸収すること、体験したことを自分のモノとすること。それを誰かに伝えること。そういう小さな一歩と繰り返し、あとは物事に対する姿勢だ。きっと一番初めはそれだけあればいいのだ、あとは自分次第で後からついてくる。

苦手だったことが、出来なかったことが少しずつ「出来る」ことになっていき。自分の仕事が褒められたり、感謝されたり。時には指摘されたり、失敗したり。そうやって少しずつ、自分に合っているなって思う仕事や働き方を見つけていくのかもしれない。

もちろん、私はまだその道の途中だ。

仕事に対する指摘≠私という人間の否定

お恥ずかしい話になるのだけれど、新卒で入社した会社で新人研修を受けていた時は、この違いがよくわからなかった。仕事に対する指摘=私に対する指摘=説教=私という人間の否定=つらい、死にたいという風に「どうしてそこに行き着いた!?」と疑問を抱かざるを得ないような思考回路をしていた。

正直な話、ほとんど私の被害妄想が生んだ負の副産物なのだけれど。少し失敗しただけで、自分がすべて否定されたような気になったり。疑心暗鬼になるわ、あってないような自分に対する自信がさらに底辺に落ちたり。失敗することや、仕事をすることが怖くなったり、欝に近い症状に悩まされたりした。

けれど去年のちょうど今頃、知り合いに紹介された会社で2時間に渡る社長面接で「大学卒業したばかりのお前に出来る仕事なんぞねぇ!(意訳)」「お前が一番仕事できないってみんな知っているから何でも聞きなさい!(意訳)」といっそ清清しいほどに全否定され、その時「ああ、そうだな」と初めて素直に受け止められたのだ。

当たり前なことなのだけれど、いつの間にか忘れていた。わからないことはわかる人に聞いていいんだってことを。別にその人は私の敵ではなくて、ましてや私個人を攻撃しようとしているんじゃないんだって。

今でも仕事に対する指摘を受けた時は、心の奥底で傷つく自分がいるけれど。それでも指摘されるのは私という人間を否定するためではなくて、仕事という成果物に対するクオリティーを高めるためと、今後仕事を覚えてもらうための助言なんだって受け取れるようになってきた。それは去年の私と比べて、一番成長した部分だなって思う。

「便秘」という名の生活習慣病が治った

これは直接「働く」こととは関係ないかもしれないけれど、新卒入社した会社を辞めて派遣社員やフリーターやニートをしながら生きていた時。自分なりに規則正しい生活を心がけていたけれど、それでも体調が悪いことが多かった。

どんどん減っていく預金残高、家にいれば早く働ける場所を見つけろと追い立てられて。ハローワークにいって求人を探したり、履歴書を持って面接に行くも落とされ続け、ニートサポートステーションで家族には言いづらい仕事に対する不安を打ち明けたり。

ブログをガリガリと書いて自分の思考を整理したり、人のブログ記事を読んだり。好きな漫画を読んだり、アニメを見ていたとしてもどこか不安で落ち着かなかった。それがもろに体調に現れたのか、便秘による食欲不振と腹痛で体調が悪化。病院通いして、薬を飲んで、下痢をして、治験をして。それでも治らない。

けれど今の会社で働くようになってから、見違えるように体調がよくなった。これが「働く」ことによる不安解消が要因なのか、会社トイレ(TOTO)のウォシュレット威力がとてつもなく強いからなのか。私が毎日野菜生活を飲む習慣を作ったからなのか、トイレに行く時間を決めているからなのか本当の所はわからないけれど、便秘治ってよかった。本当によかった。ご飯を食べておいしいと思えるのはとても嬉しいことです。

本日のまとめ

この1年はとても長かった。短かったことなんてない。

嫌なことも苦手な仕事もあったし、苦手な先輩は今でも苦手なままだし。月曜日が来るたびに「1週間早く終われ」と呪詛のように願い、1ヶ月単位で働くことに向き合えず、いつも大体1日の勤務時間である7.5時間単位で生きている。

でも、それでも今の仕事に出会えてよかったと思っている。周りの人から見るとささいなことかもしれないけれど、去年の私より一段階か二段階くらい成長できたと思うし、健康的になったおかげで知り合いに会うたびに「明るくなった」「元気になったね」と言われるようになった。

けれど今、こういう風に考えることが出来るようになって。働くことに関する考え方や自分自身を客観的に見つめることが出来るようになったのは、新卒で入社した会社を4ヶ月で辞めて、一度ニートを経験したからこそだ。あと「空想島」の運営を始めたことも関係していると思う。あの頃の苦しい時期がなかったら、仕事や自分自身を見つめ直すこともなかったかもしれない。もしかすると今の私はなかったかもしれない。

無駄なことなんて何もなかった。悩みも失敗も、もちろん成功だって。すべてが現在の私に繋がっている。そう思えることは、とても幸せなことなんだろうなと思う今日この頃。

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