空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

不思議な感覚に陥る『遠海事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』を読んで

普段自分では行かない町を用事だったり仕事だったりで訪れる機会を得た時、ついでに町を探検するがごとく歩き回ることが好きです。事前に行きたい場所を探していくこともあれば、無計画に歩き回る時もある。気になった雑貨屋さんやカフェに思い切って入ることもあるけれど、本屋に入ることが多いです。大きな本屋でも小さな本屋でもいいけれど、初めましての本屋に入るとどこに何の本が並べられているのかわからない。けれどそれがいい。

本屋さんの本棚にはそれぞれ個性があって、それを棚の端から端までのんびりと普段見ない本棚見ながら楽しむのが大好きで、その中で掘り出し物の本に出会ったりすると嬉しくて仕方がなくなります。

本日は初めて行った本屋で掘り出し物として買ってきた『遠海事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』を読んだ感想と共にネタバレしない程度に内容を紹介したいと思います。

 犯人はわかっている、しかしなぜ首切りをしたのか

佐藤誠。有能な書店員であったと共に、八十六件の殺人を自供した殺人鬼。その犯罪は、いつも完璧に計画的で、死体を含めた証拠隠滅も徹底していた。ただ一つの例外を除いては――。なぜ彼は遺体の首を切断するに至ったのか――。(あらすじより一部抜粋)

 本作『遠海事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』は、2007年光文社の新人発掘企画「KAPPA-ONE」で作家デビューした詠坂雄二さんが描く第二作目。ジャンル的にはミステリーなのだけれどノンフィクション・ルポルタージュ風に描かれていて今まで読んだことがない独特の世界観を持っている。特に表紙とタイトルに惹かれました。

遠海事件: 佐藤誠はなぜ首を切断したのか? (光文社文庫)

遠海事件: 佐藤誠はなぜ首を切断したのか? (光文社文庫)

 

 物語は2本の軸に沿って進んでいきます。1つ目はタイトルにも書いてあるとおり、佐藤誠という男性が犯人であることが読者に提示されている遠海事件を巡る物語だ。遠海事件とは、一人の成人男性と一人の少女が殺され、そしてそれぞれの首が切断されていたという猟奇的な事件なのだが。佐藤誠自身が第一発見者であったこと、なぜ首を切断する必要性があったのかに大きな謎が残る。

もう1つは佐藤誠という犯罪者を研究する犯罪学者の視点で描かれる学術的な分析、佐藤誠という人物を客観的に俯瞰して、物語の中だけでは詳しく語られていない彼の精神性などを解説するコラムで構成されている部分だ。読み終えるとより理解していただけると思うのだが、この2つの物語構成はとても面白い。

本屋の本棚にも小説家・読坂雄二が描く実録犯罪小説というPOPが踊っていて、私なんかは「現実にあった事件を取り扱っているのでは?」と思ってしまったくらいだ。タイトルにもあるように、メインは首切りを行ったホワイダニッドなのですけれど、それだけではなく、作中の表現全てに読者を欺くミスディレクションが仕掛けられているのが大きな特徴だと思います。

本日のまとめ

この作品は作中作ともいえるミステリー小説で、作中全体に真実から目を逸らされる、見えないものを見えるようにさせ、真実を見えなくしてしまう魔法のような文章で出来ている。だから正直、中身を感想として紹介できることが少ない。すべてがネタバレにつながってしまうような気がするからだ。

ただ読み終えた時に一番初めに思ったのは、ミステリー小説を読み終えて謎が解けてすっきりという感じでは全然なく、どこか読み間違えているのではという不思議な感覚だった。一人の成人男性と一人の少女が殺され、それぞれの首が切断されていた猟奇的な事件を小説家・読坂雄二が実録犯罪小説という体裁を取り、ドキュメンタリー風に描いているのだがそれだけではない。

その構造、作風を取っている秘密が終盤で明かされたり、大量殺人犯という佐藤誠の人物像の反転、本編が終わった後の「おわりに」の章の最後に書かれた一行、そっけなく書かれた「巻末資料」に書かれた言葉には思わず「え!?」と驚かされました。まさに作中作。物語の中と外に張り巡らされた作者の罠にまんまとはまったという感じ。

それが今までに読んだミステリーとは一線を画する感じで異質でとても面白かった。一度読んだだけではいまいち理解できないので、もう一度読み返したくなる作品です。そうすると物語の中の筆者の思いがより鮮明に思えてくると思います。あまり紹介らしい紹介をしていませんがよかったら読んでみてください。