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空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

中学生の頃に書いた文集を読んで、過去の私に会ってみた

何かに突き動かされるように、中学生時代の文集を読んでみた。

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当時、私の通っていた中学校はタイにある日本人学校だった。親の仕事の関係だったり、海外で生まれた子どもだったりが集まる学校。小学部と中学部が合体した今でいう小中一貫校だ。今はどうか知らないが、昔は存在する日本人学校の中で一番大きい規模を誇っていた。

中学で変わっていたのは卒業する際に書く卒業文集だ。親の仕事の関係での転校や転入が当たり前だったし、教師の人気は3年しかなかったので入れ替わりが激しかった。そういう面もあるからか卒業するしないに関わらず全員が毎年文集を書いた。テーマはなし、原稿用紙1枚に何を書いてもいい。

もうすっかり何を書いたのか忘れてしまった。ろくなこと書いてなかった気がする。

 1年生、これから始まる新しい生活に不安しかない

見ていて残念に思うほど、何を書いていいのがわからなくて思考錯誤して見事に失敗している様子がひしひしと伝わってくる。

日本とタイは文化も言語も違うし、今はどうかは知らないが横断歩道に信号はないし、慣れない場所を小さな子どもが1人で歩きまわるのはちょっと危険があった。日本にいると漫画を買ったり、ゲームをしたり、外で遊んだり出来たけれど、環境が変わったことで今まで当たり前だと思っていたことがほとんど出来なくなった。

人見知りということも手伝って学校生活もうまくなじめるか不安で、なんだか文章も作文というよりは今でいうTwitterの独り言に近い。400文字詰め原稿用紙の半分も書けていない。本当に不安だったんだなぁ。

2年生、あれこれ、小説書いてるんじゃね

自分で言うのもなんだが、小説は読むのも好きだし、書くのも好きだ。中学1年後半あたりから仲良くなった担任の先生と日直ノート(日誌)を使った交換日記を始め、最終的には私が書いた物語を読んでもらったりしたこともある。けれどそう言うわりに読書感想文など形式ばった作文が苦手で、毎年書かなければならないこの文集にも四苦八苦していたように思う。

当時一番仲が良かった女の子がいて、彼女も物語を書くのが好きだったので、二人して原稿用紙1枚、自由に書いていいなんて滅多にないことだからと何を書いてもいいということを逆手にとって、小説を書いていた。文集に400文字の短編小説。これは中々面白かった。

どんなに夜が寂しくても、それに負けないくらい楽しく過ごせばいいじゃない。

内容については割愛するけれど、学校生活が楽しいという様子が浮かんでくる。中学1年生が少し不安だったのに対して、ここまで前向きに思えているのは奇跡に近い。今思い出しても学生時代の中では中学校が一番はっちゃけていて、楽しかった。その頃出会った親友とは、日本でも何回も会って一生の友達だなと思っている。今はそれぞれが忙しくなって滅多に会えなくなってしまったけれど、また会いたい。

3年生、未来の自分に向けた素直なメッセージ

最終学年である3年生は、簡潔に言えば未来の自分に向けたメッセージを書いていた。もう1人の私、心の中にいる強くありたい私口調で書かれた私に向けたメッセージだ。

自分の夢へと進む一歩。いろんなことに挑戦してみろ。 世界に1つだけの自分の生きる道を作るんだ。一歩一歩踏みしめて行こう。 壁(苦難)なんてブチ壊せ、飛び越えろ、走り抜けて見せろ。

上記は中学3年生の私が書いた文集からの抜粋だけど、なんだかカッコイイこと言ってる。言葉の1つ1つが正面突破だ。中学生時代の私はまだ純粋で素直だったんだなぁと感じざるを得ない。不覚にもジーンときてしまった。中学生時代の私が夢みた私にはまだなっていないように思えるけれど、今からでも間に合うかな。遅くはないかな。

本日のまとめ

「なんとなく今、読み返しておきたいな」と思ったから読み返してみた。そう思わなければ、本棚の片隅でずっと埃をかぶっていたかもしれない。

だいぶ昔に郵便局のサービスか何かで未来の自分に手紙を出せるサービスがあったように思うが、文集はまさにそれだ。大学では卒論以外に特にそういうものは書かないからこそ、文集の存在は貴重だ。捨てない限り、紙とインクが持つ限り、一生形に残るものだから。

私にとってはブログの記事も過去の自分の思いに触れる場所でもあるのだが、文集はもっと昔の自分が感じていたこと、考えていたことに触れるきっかけにもなる。それが時に自分を助け、勇気づけてくれることもある。読んで良かったなぁ。