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空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

ダメでどうしようもない奴だけど、それでいいやと思えるか

私は今、壮絶に自分が嫌だなぁと思っている。

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人生では前向きになれる時となれない時があるように思うけれど、今はネガティブまっしぐら。押し寄せてくる怒涛の波があって、1人で勝手に押しつぶされそうになっている。先週まで知らない人と知らない街で美味しいものを食べて楽しいなぁと感じていたことがまるで嘘みたいに思えてきてしまう、そんな状態。

危険だ。ついにきたかと思った。これは前職、仕事がツラくなった時に私を苦しめたモノと同じだ。今日は自分が一体何と戦ってて、何を怖がっているのか考えたいと思う。

働いている時、人の視線や言葉が怖いと感じる

今働いている部署では机が向き合うように設置されていて、私の眼の前に教育担当である先輩社員が座っている。ちょうどPC越しに先輩社員と目が合う感じだ。その目に監視されているように思えてとても怖い。

苦手とする電話対応で私がたどたどしく取り次いだ受話器を持った先輩が、電話先の相手に「まだ慣れてませんから」と言って笑ったのを見た時、私自身が笑われたように感じた。

けれど、それが真実なのかは本当のところはわからない。事実だけを述べるならば、私がただそういう風に感じただけだ。私という人間を通してみた世界が悪い方へ見えてしまうだけだ。

ずっと、私自身と闘ってきた

前職を辞めてからのニート期間~派遣を経て今の仕事を始める前までは、だめなままでもいいから出来ることをやろうと素直に思えていたはずのに、仕事を長く続けたいと思い始めると、だんだんと失敗したくない、笑われたくない、いらない奴だと思われたくない、認められたいという承認欲求が湧いて出てきて、がんじがらめになってしまう。

そうなってくると失敗するのが怖くなって、相手の反応が気になって、契約を切られたらどうしようという思いが募って不安でいっぱい、胸いっぱいだ。ストレスで胃炎にだってなる。

結局は、私は仕事に対する時の自分の対応だったり、些細な事でつまずいて傷ついて逃げ出したくなる私自身が嫌いなだけだ。「こうなりたい」と自分で勝手に作り上げた理想とそうなれない現実に打ちのめされて、自分をことさら厳しく評価して、包丁で滅多刺しにしているだけだ。

私は本当にダメな奴であると言ってみる

「悩む」ほど「今の自分の悪いところを確認し続けてしまう」。傷口が直らないのは隠し続けているから、治すために劣等感をさらしてしまいましょう。

ふと辿りついた本屋で目に入った「自分がイヤだ!」と思ったら読む本に、このように書いてありました。ようは今を否定して悪い所探しをするのを辞めて、駄目な部分も含めて全部ひっくるめて自分なんだと認めてしまおうということでしょう。

言うのは簡単ですけれど、これ、結構難しいと思います。でも試しにさらしてみようと思います。過剰反応する私の劣等感は大きく分けると以下の3つになります。

  • 自分を守るためなら、平気で嘘をつく駄目な奴で、
  • すぐに逃げ出したくなるどうしようもない奴で、
  • 物事を悪い方向に考えてしまうネガティブ野郎だ

逆に考えてみると、嘘をついてはいけない、逃げてはいけない、ネガティブに考えたらいけないと強く思っているからこその劣等感だとも言えます。

「~しなくちゃいけない」「~してはいけない」という否定言葉を自分の中で唱え始めたら要注意という話はよく聞きますよね。時には自分を叱咤することが必要な時もありますが、否定すればするほど強く強くイメージし続けて本当に悪いモノを引きよせてしまうように思います。止まらない悪循環とはまさにこれ。

今日のまとめ

過去、家入一真さんの本を読んだ時、「本当につらい時、逃げてもいいんだよ」という言葉を見て、目から鱗が落ちたことを覚えている。それと同じように、とりあえず自分で自分自身に許可をあげてみる。

笑われてもいい・・・という風に考えるのはやっぱりまだ難しいけれど、嘘をついてもいいし、逃げてもいいし、ネガティブに考えてもいい。失敗してもいいし、そんな駄目でどうしようもない私でもいいよ、って言ってみる。

まぁいっか、これでいいや。どうせ人生その内ログアウトするんだから無理せずありのままでいいじゃないかって思ってみる。とりあえず駄目な自分を認めて、駄目でいいから今出来ることからやってみる。もっと単純に考えてみる。

私が怖がっている不安の大半は自身の考え方と世界の見え方で、それはほんの少しだけ見方を変えれば色鮮やかに見えたりするから。たぶん大丈夫。

大丈夫だって思うことにしよう。