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空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

会話している時は、劣等感と会話してることが多い

日記 雑談

どんよりとして、空をのっぺりと埋め尽くす雲、シトシトと無言で降り続ける雨。そんな時は、なんだか自分まで影響されてしまうような気がします。今日はそんな感じで、私が人と話す時に感じる劣等感について、考えたいと思います。

心の中のしまっちゃうおじさん

ネガティブな自分が全面に出てきている時というのは、普段であればストレス解消になるゲームをしようが、漫画を読もうが、音楽を聴こうが、何をしても効果はほとんどない。

ぼのぼのに登場するしまっちゃうおじさんが「見たくない感情はしまっちゃおうねー」と隠しているものが、津波のように押し寄せてきているからだと思う。

こういう時、私は主に2つの対策をすることが多い。1つ目は何もしないこと。爆発した嵐のような感情が過ぎ去るのをじっと待つ。大体は1日が過ぎ去れば、明日は別のことを考えていることが多い。もう1つは客観的なモノとして落とし込んで、自分を落ちつかせること。何だか巨大で恐ろしいものの正体を見つけることで、冷静さを取り戻すことができる。

他人に興味がないのかもという疑問

きっかけは些細な事で、最近家に引きこもりがちで、痴呆が進んで来ている田舎の祖母に、手紙を書こうと便せんを1枚取り出したことから始まった。一番上に名前を書き、さあ中身を書こうという所で・・・何も思いつかなかったのだ。

これは一体どういうことなのか。

客観的に見て元気とはいえない祖母に「お元気ですか?」はないなという所まで考えたものの、メインとして伝えたいことも特に思いつかないとくると、いよいよ、日頃から気にしつつも考えないようにしてきた「もしかすると、私って他人に興味がないの?」という言葉が頭をよぎる。

会話の裏で、常に劣等感と戦っている

1対1を除く複数人の会話の際に常に考えているのは、とてつもなく失礼かもしれないが「この人は果たして、私と話していて楽しいんだろうか」「この場所、時間、雰囲気を共有していて楽しいんだろうか」ということだ。

というのも、私は複数人と会話することが苦手で、人の話に合わせて「へー、そうなんですか、それで?」「それってどういうことなんですか?」という風な合いの手をまったく入れることができない。苦手分野だ。出来る人にまかせている。つまり会話を膨らませることが出来ない。

会話が続かなくてしぼんで、途中でおじゃんになる様子を間近で見ると、きっと私じゃない誰かだったら、その人が話したい内容を聴き出して、会話をスムーズに続けることが出来るんじゃないかと考えてしまう。

正直な話、苦し紛れに相槌を打ち、ニコリと微笑して会話に参加しているような雰囲気を醸し出している時は、大体この劣等感と戦っている。

話に興味が持てないのか?
興味はあるけれど、適切な言葉が出てこないのか?
そもそも人に興味がないのか?

そんなことをドロドロ考え始めるときりがなくて、この時点で相手と会話をする余裕はほとんどなかったりする。自分の劣等感に振り回された結果がこれである。

会話の前に、すでに放棄している

もう1つ考えられる原因は、会話の先読みではないかと思っている。別に全ての人に好かれたいと思っているわけでは決してないが、私は人の目が気になる方だ。こんなことを言ったら嫌われないか、呆れられないか、怒られないかと考えてしまい、結局何も言わない方がいいと、先に自分で結論を出してしまう。

例えば会話に疑問点があっても、話が難しくて理解できなくても、会話が雑音で聞こえなくても、まぁ別にいいかで流してしまってきた。本当はここが合いの手を入れる絶好の機会じゃないのか?といまさら思ったりする。

けれど、長年積み重ねてきた姿勢は中々直らなくて、飲み会に行ったり、誰かと食事をしに行く時は、出来るだけ相手の話に興味を持つようにしよう、会話に参加するように心がけようしようと決心するのだが、結局うまくいかなくて「自分はなんて駄目な奴だ」と自己嫌悪に陥ったりする。

少しずつ慣れて行こう

けれど1対1の場合は、劣等感にはさほど悩まされることがない。会話は相変わらず苦手だが、私が1対1で会う相手というのは、それだけ私の性質を知っている場合が多いので、長年放置してきた右から左へ抜けて行く会話の内容を咀嚼して、「反応を返さないと!」と私が四苦八苦している変にあいた微妙な間を待っていてくれることが多い。

そんな心がとてつもなく広い友人で練習させてもらうか、複数人の会話でどうしても相手に興味を抱けないのであれば、1対1で食事をする機会でも作って、質疑応答をしながら苦手意識、被害妄想、劣等感を緩和させていくしかないかなと考えている。

無理して自分を変えようとまでは思わないが、最終的には気が滅入らない程度に考えつつ、自分の性質を受け入れ、慣れていくことが大切なのかもしれない。

 

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