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空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

自分と向き合う、曲の世界を空想する

突然ですが、どんな時に自分の気持ちと向き合いますか?

仕事をしたり、食事を作ったり、掃除をしたり、学校に行ったり、それなりに毎日やることがたくさんあって、タスクをこなすことに精いっぱいで、つい自分の中にいるもう一人の自分との対話をおろそかにしがちです。

ひとりで過ごす時間を作ればいいと思うかもしれませんが、ついつい自分の心に語りかけることを後回しにしてしまいます。

心の記憶の本棚

心の中には過去から現在までのさまざまな記憶を、整理整頓して保存してある本棚、もしくは戸棚があると思っています。整理整頓が苦手で煩雑なので、思い出したい時に想起されないことが多いのですが(笑)。

自分の背丈より高い本棚には、ハリーポッターのように禁書指定した本棚の奥があって、そこにネガティブな自分を隠しています。滅多なことがないかぎり、そこに触れて、その時の気持ちを思い出したくないと思っているのかもしれません。

「曲の世界に入る」という空想

私の身近にある「自分と向き合う」ための方法は、音楽を聴くことです。特にオススメなのは、歌詞カードを読むことです。

もしかすると同じように考えている方がいるかもしれませんが、曲のリズム、ボーカルの声、歌詞の言葉など、音楽を構成する1つ1つの要素を自分の中で映像、もしくはイメージとして再構成しながら、世界を聴く感じです。

ただメディアプレイヤーにCDをセットして、再生ボタンを押して聴くわけではなく、私というフィルターを通した先にある1つ世界を空想し、その世界を覗くわけです。そしてその世界を構成する時に、自分の内面を見ることになるので、もう一人の自分と向き合わざるをえないのです。

大丈夫だよ、なんとかなるよ

この時、私が聴いていたのはBUMP OF CHICKENの「虹を待つ人」でした。歌詞の中で、グッと来たフレーズがこれです。

そのドアに鍵はない 

開けようとしないから 知らなかっただけ

初めからずっと自由

鍵がかかっているから開かないと決めつけて、ドアノブを回すことすらしない自分。扉の前にうずくまって動かない自分。扉の先に崖があると思いこんだ自分。そういう怖いモノを作り出していた自分に気づかされた気がしました。

確かに先は見えないかもしれないけれど、無駄に怖がったり、自分を卑下したり、貶めたりしていると、どんどん自分が信用できなくなっていきます。自分を信用して大丈夫と思えないと、眼の前が暗くなっていきます。

いつから、自分を安心させてあげる言葉をかけなくなったのでしょう?不安な時こそ「大丈夫だよ」「なんとかなるよ」という言葉を、魔法をかけるように、もう1人の自分にかけてあげることが必要なのかなと思いました。

不確定でも、あいまいでも、自分を見失わないために。