空想島(6畳半)

空想をすることが、生きる糧となり地となり肉となり

身分証明書という名の免許更新に行ってきた

また今度、また今度と思ってずっと後回しにしてきた免許更新ですが、ついに有効期限3日前になったので、本日混雑覚悟で行ってきました。

休日の免許更新は、早め早めに行動するのが吉

何が面倒くさいかというと、やはり講習を受ける場所が関係しています。初回講習は近場の警察庁で受けることが出来ず、遠い試験場まで行かなくてはいけません。けれどそんなこと言っている場合ではありません。免許証は私という存在を、社会的に証明するために必要不可欠なのです。

試験場に到着したのは朝8時半だったのですが、この時点で長蛇の列。最後尾に並んで更新手数料を支払い、視力検査と写真撮影をして、講習を行うチケットを貰って、教室に行くまでに1時間かかりました。休日は混雑するので、できるだけ早く行くことに越したことはないと思います。

教習所時代の苦い思い出

免許と聞いて思い出すのは、大きく分けて2つあります。

1つ目は技能教習で「ブレーキ踏んで」と言われ、思い切りアクセルを踏んだことですね。まだエンジンを入れていなかったので大事には至りませんでしたが、教官に「おめえ、それ外でやったら死ぬから」と言われました。ブレーキと間違えてアクセルを踏んでコンビニに突っ込んだという事故のニュースを見るたびに、私もいつかはこうなるな・・・と戦々恐々したものです。人ごとだとは思えません。

2つ目は目的も意欲もなく教習所に通い、教官に怒られることに心が折れたりして、(予想できた展開ですが)一時期、教習所にまったく行っていませんでした。でも紆余曲折あって、支援した20万をどぶに捨てるなと親に叱咤され、有効期限1か月前に死ぬ覚悟で短期決戦、教官の罵声に泣きながら耐え忍び、技能教習のみきわめ、修了検定仮運転免許学科試験に1発合格しました。

修了検定に合格した時、大嫌いだった鬼教官に面と向かって「個人的には、お前が安全に運転できるレベルに達しているとは到底思えない」と言われたことが印象に残っています。けれど採点基準上、合格点に達したから仕方なく・・・みたいな対応をされました。そんなことは関係ありません、取ったもん勝ちです。

「思い立ったが吉日」とは限らない

免許を取得することを通して学んだことは、自分の意思を伴わない早期決断は、長期的に見るとあまり良い結果に結び付かないということです。結果的には身分を証明するとい意味で役に立ってはいますが、家族に20万以上投資してもらったにも関わらず、まったく運転しないペーパードライバーなので、時々親に申し訳ないなという気持ちになります。

私を例にあげるとわかりやすいと思いますが、「車を運転したくない、車が嫌い、車の必要性を感じない」という自分の正直な気持ちに反して「就職活動が有利かもしれない」「いまや免許を持っていることが普通」という周りの声を優先してしまいました。そこに自分の意思はありません。~しなければいけないという強制力は、短期的には力を発揮しますが、長続きしませんね。

自分の選択を後悔しないためには

免許を取るか取らないかに関わらず、大きな選択をする時は、勢いで決めず、まずは慎重になることが大切なのかもしれません。目的と手段、そして原動力となる自分の気持ちを把握しておくと、悩んだ時、心が折れそうになった時に、初心を思い出すことができます。一直線である必要はありませんが、目的と手段と自分の意思が繋がっていることが、自分の選択を後悔しない秘訣なのかもしれません。